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コミュニケーション

誰にでも起こりうる

児童虐待のニュースが後を絶たないですね。

長女がひとこと「どうしたら(児童虐待が)なくなるんだろう...」と。

まずは、児童虐待は「特別な状況に置かれた人」が起こすものではないと認める必要があると思います。

ひとり親だから、養父だから、経済的に困窮しているから、夫婦間に問題を抱えているから、エリートだから、落ちこぼれだからと自分とは違うところを探して、だから自分たちは大丈夫と思おうとしていませんか?

報道番組を見ると、どうにかして犯人の異常性を探しているように思います。

でも、誰にとっても育児って簡単ではありません。思い通りにいかないことの方が多いし、悩むこともある、疲れ果てることもある。

・何度も同じことを聞いてくる子どもに(めんどくさいな)とおもって、無視をする

・疲れがたまって、つい「もういい加減にして!」と声を荒げてしまう

・何度言っても聞かない子どもの腕を強く引っ張る、頭をはたく

私はしてしまったことがあります。

まだ長女が生まれて数か月の頃、夜泣きが続き、寝不足が続き、いつまで抱いていても寝てくれなくて。ただただ泣き止んでほしくて口元に手を当ててしまったこともあります。

その時は、ふと我に返り、「このままじゃ危ない」と思い、パジャマに上着を羽織り、娘を抱いて外に出ました。

夜中の2時とか3時だったと思うのですが、マンションの守衛さんが「(赤ちゃん)寝ないんですか、大変ですね。がんばって。」と声をかけてくれて、ひとりじゃないんだ、と思えて正気に戻ったことがあります。

私は恵まれていました、でもそのまま口元に手を当て続けてしまう可能性はあったと思います。

娘のことはもちろん愛しています。その時も。

それでも、そんな酷いことをしてしまう。

まずは「誰でもやりかねないこと」だと認めること。

でも、虐待しないですむように、自分の感情と向き合うこと。

そしてまわりは、責めるのではなく、孤立させないように話を聞くこと。

長女の問いに対する答えになっているといいのですが。

もちろん児童虐待は許されることではありません。

常軌を逸した人々もいます。

でも、事件化したものだけを取り上げて、異常だと騒ぎ立てていても根本的な解決にはなりません。

日常の中に潜む、人間の恐ろしさを認めないことには解決にはつながらないとおもいます。

今日は重めですね。

でも、気持ちを切り替えて(^^)

今日も楽しもう!!

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